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涙腺がぶっ壊れた話
正確には、涙腺がぶっ壊れたと思った時の話です。
当時の奥様が出産をされた時には立ち合いをさせていただきました。もちろん、奥様の了解及び御支持の下のことであります。
以前、奥様は私が出産する時は、自分が生まれた時のように、自然分娩にて子を産みたいという希望があることは聞いておりました。
理由は出産の苦しみ、痛みを経験して子供を大切に育てていきたいからとの事、大変に崇高な理念であり、心よりご尊敬申し上げておりました。
しかし、当時の奥様の年齢は40歳を超えての初産であり、出産のご担当となって頂いた医師を含む医療関係者の方にも、その希望は伝えていた。
当初そのようにする為に、産道を広げる為の処置を行い、まずは自然分娩を行うという奥様の希望通りに大きくなったお腹を力いっぱい体重をかけて圧迫を
何回も行っているのを見て、なんというか、自分でもよくわからない感情に支配されて、涙が滝のように溢れだす感覚を経験しました。
昔マンガの天才バカボンの中で見たような、まさに目から大量の涙がどわーっと出た感覚で、生まれて初めての経験でした。自分の涙を流している時の顔を鏡でみていた
訳ではないので、客観的には普通に涙が出ているだけだと思うのですが、自分の感覚では、無茶苦茶大量の涙が一気にどわーっと出ていた感じで、天才バカボンの作者も
おそらく、同じ経験をしたことがあるので、あのような表現になったのではないかと感じました。年齢的にも奥様の柔軟性を失っている処から生み出すのは無理なこと
とわかっているのに、医師は全力でお腹を押している。奥様本人の希望である、帝王切開ではなく子を産み、出産の苦しみを経験したい、するべきだ、と考えている
そのなんとも言えない尊い気持ちに医療関係者の方々が皆無理とわかっているのに奥様の気持ちに寄り添い、あえて苦しい痛みを本人に経験させて無理だとわからせようとしている。その複雑な状況に私の感情が内部で爆発してしまった。もうやめてあげて下さい!!と言いたかったけれど言えない、自分の情けなさ、一人の人間の尊い志を尊重すべきだ、という気持ち。
実際には何回も押していないと思う。何分でもなかったんだと思うが、その時の自分にはとても長い時間に感じられた。経験豊富な医師がおこなっていることなのだから
奥様がそのことで死んでしまうことはないのだろうが、その時のお腹を押している光景をみていたら、死んじゃうんじゃないか、とも感じていたと思う。「もうやめてあげて!!」と叫びたかった。程なくして、自然分娩は無理なので帝王切開という手術を行うのでサインを下さい、と求められたのを、ほっとした気持ちで迎えた。
たぶんあの時、私は泣いている処を誰にもみられてはいないはずだと思っている。人前で泣くのをみられることは恥ずかしいことだし、かっこ悪いという感覚は持っている。幼少の頃は泣き虫で親父から詰められて泣くと、男が人前で泣くんじゃねーと言って、ビンタを度々くらっていたので、成長するにつれて泣き癖は収まっていたように思う。しかし、あの時は本当に涙腺がぶっ壊れたと思った。以降現在に至るまで、ドラマやSNSでの物語に涙がにじむことはあるが、あの滝のような溢れる感覚は二度と経験していない。
26/02/21
26/02/19
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正確には、涙腺がぶっ壊れたと思った時の話です。
当時の奥様が出産をされた時には立ち合いをさせていただきました。もちろん、奥様の了解及び御支持の下のことであります。
以前、奥様は私が出産する時は、自分が生まれた時のように、自然分娩にて子を産みたいという希望があることは聞いておりました。
理由は出産の苦しみ、痛みを経験して子供を大切に育てていきたいからとの事、大変に崇高な理念であり、心よりご尊敬申し上げておりました。
しかし、当時の奥様の年齢は40歳を超えての初産であり、出産のご担当となって頂いた医師を含む医療関係者の方にも、その希望は伝えていた。
当初そのようにする為に、産道を広げる為の処置を行い、まずは自然分娩を行うという奥様の希望通りに大きくなったお腹を力いっぱい体重をかけて圧迫を
何回も行っているのを見て、なんというか、自分でもよくわからない感情に支配されて、涙が滝のように溢れだす感覚を経験しました。
昔マンガの天才バカボンの中で見たような、まさに目から大量の涙がどわーっと出た感覚で、生まれて初めての経験でした。自分の涙を流している時の顔を鏡でみていた
訳ではないので、客観的には普通に涙が出ているだけだと思うのですが、自分の感覚では、無茶苦茶大量の涙が一気にどわーっと出ていた感じで、天才バカボンの作者も
おそらく、同じ経験をしたことがあるので、あのような表現になったのではないかと感じました。年齢的にも奥様の柔軟性を失っている処から生み出すのは無理なこと
とわかっているのに、医師は全力でお腹を押している。奥様本人の希望である、帝王切開ではなく子を産み、出産の苦しみを経験したい、するべきだ、と考えている
そのなんとも言えない尊い気持ちに医療関係者の方々が皆無理とわかっているのに奥様の気持ちに寄り添い、あえて苦しい痛みを本人に経験させて無理だとわからせようとしている。その複雑な状況に私の感情が内部で爆発してしまった。もうやめてあげて下さい!!と言いたかったけれど言えない、自分の情けなさ、一人の人間の尊い志を尊重すべきだ、という気持ち。
実際には何回も押していないと思う。何分でもなかったんだと思うが、その時の自分にはとても長い時間に感じられた。経験豊富な医師がおこなっていることなのだから
奥様がそのことで死んでしまうことはないのだろうが、その時のお腹を押している光景をみていたら、死んじゃうんじゃないか、とも感じていたと思う。「もうやめてあげて!!」と叫びたかった。程なくして、自然分娩は無理なので帝王切開という手術を行うのでサインを下さい、と求められたのを、ほっとした気持ちで迎えた。
たぶんあの時、私は泣いている処を誰にもみられてはいないはずだと思っている。人前で泣くのをみられることは恥ずかしいことだし、かっこ悪いという感覚は持っている。幼少の頃は泣き虫で親父から詰められて泣くと、男が人前で泣くんじゃねーと言って、ビンタを度々くらっていたので、成長するにつれて泣き癖は収まっていたように思う。しかし、あの時は本当に涙腺がぶっ壊れたと思った。以降現在に至るまで、ドラマやSNSでの物語に涙がにじむことはあるが、あの滝のような溢れる感覚は二度と経験していない。